ホイール豆知識

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ホイールと車輪の歴史(1)

ホイールの歴史(1)

自動車とタイヤ。切っても切り離せないこの両者の関係には長い歴史があります。タイヤの歴史を振り返れば、紀元前3000年頃にチグリス・ユーフラテス河口域のシュメール人が、ソリの下に車輪を付けたのがその始まりといわれています。車輪といっても当時は丸太を切ったようなもの。その後、車輪の外周に動物の皮を被せ、銅の釘で固定する時代が約3千年も続くことになります。そしてローマ時代になると、耐久性向上のためケルト人が木の車輪の外周に鉄の輪をつけました。そして、鉄のタイヤの時代がさらに1900年近く続いたのです。現在のようなゴムのタイヤが登場するのは1867年のこと。ゴムの輪を車輪の外周にとりつけただけのソリッドタイヤが最初でした。最高速度は30km/h程度、長く走ると熱でゴムが焼け煙が出たといわれています。そして1888年、ついに空気入りタイヤが生まれました。イギリスの獣医ダンロップが息子の自転車タイヤに使ったのが最初で、この空気入りタイヤをフランスの貴族ミシュランが自動車に初めて使用したのです。ミシュランは1895年のパリ~ボルドー往復レース(世界最初の自動車レース)で、このタイヤを用い幾度と無くパンクに見舞われリタイヤしているのですが、走行中は平均車速が30km/h程度の時代に、61km/hものスピードを出したと伝えられています。

ホイールは車のかお!
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ホイールの歴史(2)

そしてこの100年。タイヤはさらに進化しました。タイヤの耐久性を上げるためにカーボンブラックを使用し(1912年頃)、コードとコードの間に薄いゴム層をはさみ3~4倍の耐久性を実現するすだれ織りコードを使用(1920年前後)、これまでエジプト綿が使われていたタイヤコードにレーヨンが(1937年)、さらにはナイロンが(1942年)、1962年にはポリエステルが使用されるようになり強度と性能が著しく向上していきました。また、タイヤコードを従来の斜めに交互に重ねたバイアスタイヤから、円周と直角に配置し、さらに円周にベルトを巻いたラジアルタイヤも1948年に登場。これが今日のタイヤ構造の基本になっています。タイヤは車重や外部からの衝撃に耐えながら回転しています。さらには空気漏れを防いだり、熱を発散したりといった働きも同時にしています。車が高性能化するなかで、タイヤも新機構の採用や改良素材の開発、トレッドパターンの研究など車以上に進化を続けているのです。こうして生まれてくる高性能タイヤは現在、世界で年間約11億本が生産されています。

車輪とホイールの歴史(1)

車輪の歴史をひも解いていくと、はるか昔の原始時代にまで行き着きます。原始時代、そして古代の人たちは大きな荷物や重い物を運ぶために、さまざまな方法を考え、便利な道具を追求してきました。そのひとつが荷物を載せるソリです。摩擦が小さい雪や氷の上では小さな力で重い荷物を運ぶことができますが、滑り摩擦の大きい路面ではソリを軽やかに動かすことは難しい。そこで思いついたのが、丸太など円柱状のものを並べたコロ(転)を使って荷物を移動させる方法です。便利さと効率の追求から生まれたソリやコロはいつごろに発明され、使われるようになったのか、はっきりとはわかっていません。記録として残っているのは、今から5000年ほど前に考案された道具だ。メソポタミア文明の遺跡から発見された壁画に描かれていたのは、コロを発展させた、四輪の荷物運搬車と車輪です。南部バビロニアに住むシュメール人が使っていたのが車輪のついた乗り物です。これはウル遺跡の壁画に描かれていますし、車輪や乗り物の断片らしきものも出土しました。

車輪とホイールの歴史(2)

描かれていたのは、3枚の木の板をつなげて円盤状にし、その中心に心棒をつけた車輪です。酒樽の蓋のような形をしていて、車輪の外側には動物の皮を巻いていました。この皮を銅製の釘で固定していたというのだから驚きですよね。シュメール人が考え、使っていた車輪は、現代のタイヤとホイールの原型と言えるものです。その次の世代では、荷物を運搬する車両だけでなく、戦闘用の車両にも丈夫な車輪を用いました。このことは中国の殷王朝の王墓から出土した四頭立ての戦車によって証明されています。この戦闘用車両にはスポークを用いた木製ホイールがデザインされ、組み込まれていました。長い年月のなかで道具は進歩していきます。車輪は次第に大きな荷重に耐えられる頑丈な構造となり、取り回し性や移動スピードにも知恵を絞るようになっている。その進化の多くは記録としては残っていません。が、多くの古代都市で同様の乗り物やタイヤ、ホイールなどが考案され、輸送力や機動力を大幅に向上させることに成功したであろうことはたやすく想像できます。

車輪とホイールの歴史(3)

数少ない記録のひとつ、それは紀元前753年に建国された古代ローマが使っていた戦車の車輪です。ライン川の流域に住むケルト人が思いついたのは、木製の車輪の外側に鉄製のリムを焼いて嵌めるスポーク構造のホイールです。車輪と鉄の輪がしっかりと固定されるため、酷使しても耐久性が高かったのです。今から2000年ほど前に登場したと思われる鉄を嵌め込んだ車輪は、瞬く間に普及し、19世紀まで主役となっています。日本でも家畜が引く荷車や大八車は鉄製の車輪を使っていました。また、すぐに手に入り、加工しやすかった木を用いたスポークホイールも長年にわたって使われています。数千年、ひょっとすると1万年よりも前から人類は車輪と深く関わっていたのでしょう。先人たちのたゆまぬ努力と地道な改良があったから、産業革命の後、タイヤとホイールの文化は一気に花開いたのです。

タイヤとホイールは切っても切れない仲!

車輪とホイールの歴史(4)

エネルギーの大改革とも言える蒸気機関が誕生するのは1769年です。この発明によって産業革命へと突き進み、フランスの科学技術者、N.J.キューニョは世界で初めて蒸気エンジンを使った自動車を世に送り出しました。内燃機関は一気に進化しましたが、車輪だけは荷車や馬車と同じ旧式の木製ホイールを使っています。木製では蒸気自動車の重いボディを支えられません。そこで丈夫な鉄製のホイールが考えられました。産業革命によって技術水準が飛躍的に伸びたのが、一般的な工業製品、材質などの鋼製製品や鋼を使った部品です。19世紀の初頭に自転車が発明され、その普及と歩調を合わせてホイールも進化していきます。鉄などの金属の加工技術と工作技術が確立されたことにより、重くてもろい木製のスポークに代わって鉄製リムを持つワイヤー式スポークが主役の座に就くのです。

イカシタ車!イカシタホイール!